喜怒哀楽、してる?

海外と子供と写真が好きな普通のblog

私のファンタスティックレイジーな環境

今日は自分のことを話そうかなあと。

 

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10代の頃。雰囲気だけ察してください。

 

 

 

 

いつか、こいつってどんなやつなんだろう?って

興味をもってもらえた時のために。

 

 

まずは私の

生まれた環境について

 

私の父と母は九州生まれ。二人とも大阪で出会い、のちに出来婚

私はやっぱり生まれる前からわがままだったのか予定日よりも早く

この世に出てこようとしたみたいでお家で生まれました。

(もちろん父が私を引きずり出しました。)

 

当時私は未熟児でほとんどの可能性で障害が残ると言われ

両親も覚悟してたみたいですが私の生命力は看護師さんたちも驚く

生命力だったみたいでパワフルに成長。

 

 

ちなみに当時はバブル?っていうのもあったのか?

父の職業は塗装屋なので当時は結構いいお手当をもらってたみたい。

なので私たちが住んでいた場所はいわゆる高級住宅街

(当時はそんなこと知りませんでした)

 

大きい一軒家でキラキラうふふ…と周りと変わりなく

同じ環境だと思って過ごしていました。

 

 

、どうも違ってたみたいで小学校低学年頃から

黒いもやもやしたものをずっと抱えていることに気付く

(けどそれが何かはわからない)

 

周りと自分の環境が違う。と比べるようになってから

わかったのは

私の家は金持ち貧乏だということ。

 

 

その理由として

  • 父母の二人がギャンブル好きだということ。

そして母は片づけられない人

見た目は豪邸でも家の中は地獄絵図

(なので長い間友達を家に呼んだことがなく、免疫がすくないので

今でも自分の家に友達や彼氏を入れた日にはもうそわそわしかしない)

←早く出てけってなる。

 

話逸れました。戻ります。

 

子供の時ほとんどの人が持っていた門限。

そりゃあ私たちにもありましたよ。一応。仮で。

友達みんなが帰っていく中で私たち姉妹はお家とは逆方向へと向かう。

 

私たちが向かう場所は父母がいるパチンコ屋さん

 

台の調子が悪いときは夜10時ごろに終わって外食して帰宅。

調子がいい時や、粘れる何かがあったときは閉店の00時まで。

(何かとは人からお金を借りれたときなど。)

 

その間私たちは車の中で待つか、外で遊ぶ

小遣いもらって買い食いするか。でした。

 

そんな環境だったのでもちろん母の手作り料理を

食べた記憶があまりありません。

 

 

それでも当時は門限がない解放感のほうが強くて

あまり気にしてませんでした。

 

 

ある一つの出来事をきっかけに自分の人生は

変わった気がします。

 

 

 

ある夏休みの夜、母が急に今日引っ越すから。

と言い出した。

 

詳しいことは教えてくれずとりあえず必要なものだけ

まとめなさい。と言うだけ。

 

そうです。夜逃げです。

 

 

 

これから…!ってときになんですが

長くなりそうなので今日はおしまい。

次回へ続きます…